2017年3月14日火曜日

YUGE

ばち、と目が覚めて、あ、寝坊、とうっすら汗をかいたのに、時計を見たら真夜中だった。熱を帯びた羽毛ぶとんの中で、うすい汗がスゥ、と蒸気になっていくのを感じる。それが鬱陶しくて、足首をぐねぐね動かして、布団の外に出す。エアコンがつけっぱなしだったけど、つま先は従順に冷えていく。


三月ってまだ冬だな、と思う。

中学と高校のとき、部活の春合宿に着ていく春服を、zipperとか読みながらすごい考えていたことを思い出す。春合宿はいつも三月の半ばで、普通に寒いから、せっかく考えた春コーデの上に冬物のコートをすっぽり着るはめになる。それか我慢して寒い格好で行ってパーキングエリアで激萎えするか。どちらか。

今思えば、ぶっちゃけお洒落していられるのなんて行き帰りのバスのなかの数時間だけで、合宿先に着いた瞬間から最終日の練習が終わるまではずっと汗だくのユニフォームなんだから、そんなに頑張る必要はなかった。でもあの頃は毎日制服だったし、わたしがわたしだってことを、部活の人に、服で、表したかったんだと思う。思い出すと、アアアってなる。あまり頻繁には思い出したくない。


記憶が溢れるのを遮断するように、無の気持ちでエアコンの羽が動くのを見ていた。羽が、もったいぶりながらすこし閉じるとき、壁にその影が伸びる。電気もつけっぱなしだった。うんざりする。


エアコンを切るついでに、電気を消しにいくついでに、キッチンに行って水を飲もう、と思う。痛いくらい喉が乾いている。けど、そう思いついてからもしばらく身体がうごかなくて、iPhoneを見た。誰からも何もなかった。4時前だった。エアコンが、うるさい。


わたしの部屋のエアコンは古いので、なかなか暖まらないし、そのくせ結構うるさい。めちゃくちゃ気になるうるささではないけど、一度うるさいと気付いてしまうと、耐えられなくなって寒くても消してしまう。うるさい。わたしは思い切って飛び起きて、エアコンを消して、そのままキッチンへ向かう。水をのもうとしたらポットもつけっぱなしだったので、マグカップにお湯を注いで部屋に戻る。そして電気を消して、真っ暗な部屋で、布団の上に座って、お湯を飲んだ。部屋ははやくもひんやりしていて、静かだ。カーテンが半分開けっ放しだった。外はまだ暗いみたいだ。遠くに新聞配達のバイクの音がする。お湯は、すぐにぬるくなる。元々つめたい水をのみに行ったんだから、別にいいんだけど、熱かったものがどんどんつめたくなっていくのはさびしい。もう一度エアコンをつけた。その羽音にほっとする。


近頃は、あまりきちんと生活を送れていないな、と感じる。真夜中にいきなり目がさめること。エアコンも電気もポットもつけっぱなしで眠ってしまうこと。カーテンを半分閉め忘れること。三月だけど、ファッション雑誌を買ったり、春の服を考えたりもしていない。ここをあまり更新しなくなった。長い文章を書くのが怖い。あんなに毎日、生き甲斐のように長い日記を書いていた日々もあったのに。自分のなかのいろいろ、いろいろな情熱、いろいろな気力、とか、心そのもの、が、どんどんつめたくなっている気がしてさびしい。

これは、大人になったから、とかじゃなくて、多分自分の性質の問題だと思う。だって、大人になってもあたたかい人を、むしろ大人になればなるほど熱を帯びていく人を、わたしはたくさん知っているから。


すごく恐れていることがある。去年の夏くらいにはじめた、あたらしい趣味、趣味というか、久々に楽しくて、久々に自分でがんばってみようと思えるようになった救いみたいな活動のことも、いつか、こころが冷めて、ぜんぜん頑張れなくなったりするのかなあ、ということ。飽きっぽいのでこわい。今はまだ、嗜むくらいのことで、もっと頑張っていきたいなって思えてる程度の熱だけど、これが冷めたら、いよいよわたしは終わりな感じがしている。だからやらねばと思う。あたらしい友達や、仲間や、尊敬する人もできて、わたしはその人たちのことをずっと大切にしたい。





ええと、真っ暗にした部屋で、そういうことを考えて、わたしはかなりこわくなって、いまこれを書いている。書いたら、すこし紛れたので、やっぱり書くのはいいみたいだ。お湯は、もうお湯じゃない。冷たい。外も明るくなってきている。未だ半分開いているカーテンの向こうに、早朝のひんやりをうつした窓がみえる。部屋はどうせすぐにはあたたまりそうにないので、やはりエアコンは消し、もう一度布団に入った。布団の中、さっきのじぶんの体温が、まだ残っていてあたたかい。それが嬉しい。れっきとした朝がくるまで眠る。起きて、再び同じ憂鬱が繰り返されても、せめて今日一日はめげないと約束する。







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