2017年1月22日日曜日

radio

部屋を片付けて、すっきりして寝て起きたら朝4時。天井におはようを言って携帯におやすみを言ったら、とつぜん、ラジオがききたくなってラジオのアプリをダウンロード、してきく。にこにこ明るく喋るきっと綺麗な女の人の声が、染み入る。部屋は静かだけど、窓の外、とかではもうなにかがはじまっているのだという気が、すごくする。それで窓をあける。何もはじまっている気配がない。まだ暗くてひんやり。はやく春にならんかな。スピーカーから聞こえてくる声の主のいるところらへんでは、すごくはじまっている、というただそれだけのことなのだろう。


「おはようございます。これからおやすみの人はおやすみなさい。」高校生のとき、テスト前だけは3時か4時か5時とかまで起きて勉強していて、3時になったらビレバンで買った、見てくれだけかっこいいけどAMしかはいらないラジオで爆笑問題の番組をきいていた。爆笑問題のふたりと、あと、おハガキ、メール、等を送ったひと、が、ずっとおもしろい話をしてるのに、わたしは勉強をする(してたっけ?)んだけど4時になりそうになるとおもしろい話はあっさり終わり、CMとかほかの番組の宣伝とかですこし機械っぽくなったあと聞こえてくる、にこにこ明るい女の人の、「おはようございます。これからおやすみの人はおやすみなさい」みたいな挨拶。これが、思いの外凄まじい記憶となっている。高校を卒業して、ビレバンで買ったラジオもこわれて、ラジオは殆どきかなくなったけど、たまにふと、ききたくなる(今夜みたいな)ときがあって、その時って、この「おはようございます。これからおやすみの人はおやすみなさい」の感じが、欲しい時なんだよなあ。はじまっていて、もうはじまりおわっておやすみするひともいて、そのどちらとも知らないけれど、はじめます、はじめます、はじまっています、みたいな、あれ、朝四時にくすぐったいんだよね。ははは。




2017年1月6日金曜日

2017


髪を切りたくて仕方がないけどどういう髪型になりたいかは分からない。これは衝動なのだろう。あけましておめでとうございます。























写真は去年見たものの些細な思い出とか。

















2016年11月29日火曜日

いつも乗る電車のシートは、青くて、7人分に区切られていて、すこしふかふかだ。冬は、あたたかい。まずそうなパンみたいだ。それに座りたいから、各駅停車にのる。わたしの降りない駅では、ぱらぱらと人が出て行ったあとに、扉がずいぶんと力強く、ぴしゃりと、閉じる。毎回毎回、それをやる。さっきまで隣や斜め前や後ろにいた人とは、ぱちんぱちんと分けられていくね、夜。


この間たまたま帰り道が一緒で、同じ電車に居合わせた友達は、随分と久々に会う友達だった。でも昔のことよりも、最近のこと、そしてこれから先のことを、青いシートに隣どうし座って、色々と話し込んだ。仕事がどうだとか、そろそろ結婚しなきゃなとか、歳の近い友達と話すと、最近はいつもそんなんばっかだ。昔あの時朝まで飲んで店を出た時の朝焼けが綺麗だったねとか、懐かしいねとかもはや、話さない。いちいち蒸し返してなにかをえぐり合うほど、親密な仲ではなくなってしまったのかもしれないし、昔よりもずっとずっと今とかこれからを優先すべきなんだよって、分かっちゃったからかもしれない。


とはいえそう簡単に明るい未来を手に入れられなさそうなわたしたちは、これからの人生はどうなるんだろうねえ、なんとかしなくちゃねえ、みたいなことを言い合いながら、青いシートに背中を預けていた。そのときの友達の、半径1mの空間をキョロキョロと見ているような、もっと、電車の窓の向こうの、遠いところを眺めているような瞳を、わたしはどうしてか忘れることができない。友達は先に電車を降り、扉はぴしゃりと閉じ、わたしたちはまたぱちんと区切られ、あああああ、わたしはあの子と、またいつか会えるかなあ、あの子には、ずっと笑っていてほしいなあと、考える。

友達の目。見覚えがある。あの頃のあの子とも、こうしてしみじみと話をしたことがあるなあ。そのときもあの子は、ああいう目をしていたなあ、と。


あの頃のあの子に、あの頃のわたしがもう一度逢えたら。


そういうことを考えてしまうから、わたしはわたしの降りるべき駅で、電車を降り損ねてしまう。丸くなっていくわたしの目と、なじるように、諭すように、ゆっくりとやさしく閉じる扉、あたたかく沈んでゆくまずそうなパン、戻れない時間たちよ。

2016年11月16日水曜日

風吹かせたの誰ですか、雨戸がカタカタキイキイ、居ても立っても居られないようすで鳴るので、どこまでが風の仕業で、どこまでが心霊現象だか見分けがつきません。でも、どさくさにまぎれてそういうことする幽霊、私は嫌いじゃないんだよね。なんとかして辻褄を、合わせようとしてるかんじがするよね。私、論理的な思考とか全くできないけど、とにかくずっと、辻褄を合わせようと頑張って生きてるんだよ。だから、そういうなんとしてでも全部を叶えようとする姿勢を責められないな。

それにしてもまいったなあもうずっと辻褄が合わなくて。嘘を嘘でごまかすみたいにして、しんどいを冗談でごまかして、どんどんめちゃくちゃになっていく。
兎にも角にも、風がつよくふいている。冬がぶつかってくる。やだなあ。寒いのほんと嫌い。大嫌い。嫌い。嫌いだ。大嫌い。大嫌い。嫌い嫌い嫌い。ごめん途中から、嫌いって言いたいだけだったよ。冬とか寒いのとかじゃなくて。嫌い。

話が進まねえなあ。
月の話がしたかった。風がつよくふいているから、雲とか星とかぜんぶどっか飛ばされて、月がまんまる明るいです。きのうはスーパームーンだったらしいが、スーパー雨だったので見えなかった。風吹かすのなんできのうじゃなかったの?ぜんぶとっぱらってくれよ。頼む。おやすみ。







2016年10月13日木曜日

オリオンが絡まる

バスに乗って青梅街道を走っている。
混雑したバスの中は守られているようになまあたたかい。おじさん達のスーツのジャケットの微かな毛羽立ち、ななめ前の席に座っている女性のファンデーションの浮き、降車口付近にいる学生と思しき女の子達の、高く巻きあがるような喋り方。終わろうとする1日、その終わりにむけてゆっくりとささくれ立つような蒸気で、このバスは満たされている。
わたしは後ろから二番目の二人掛けのシートに深く腰を掛けていた。窓から微かに伝わってくる冷気のようなもので、左側の頬がどんどん冷たくなっていくような気がする。このまま窓の外に目をやろうものなら、すぐに何か見たくもないものが目に飛びこんできそうだ。わたしは結んでいた髪をほどき、下を向いて出来るだけ身体を縮こめた。

最近の専らの悩みはオリオン座のことである。
どれだけ走ってもオリオン座が追いかけてきて、からだに絡まってしまう。バスの中に紛れているとよく分からないのだが、どうせ今も追いかけられているのだろう。

だいたい区境のあたりでわたしはバスを降りる。降りてすぐに歩道橋の階段をかけあがる。そして歩道橋の真ん中あたりでやはり、オリオン座と目が合ってしまった。追いつかれているというか、もうくっついてしまってるようなものなのかもしれない。黄色く染まりかけた銀杏並木が笑っている。さっきまで自分が乗っていたバスは、勿体振るかのように遠のいていった。歩道橋の真ん中で、わたしはオリオンと対峙する。ああこの時が来たなあ、と、毎度思う。それでもなるべく気にしないようにして、わたしは歩道橋を渡る。オリオン座はゆっくりと、さりげなく、でも確実に、わたしに絡まりついてくる。

オリオン座はひやっとしてるので、正直肌に触れるたび飛び上がりそうになる。
でも、飛び上がったら終わりだと知っているので仕方なく耐える。飛び上がろうものならそのまま冬空の星にされてしまう。取り込まれてしまう。まあ人生それも有りっちゃ有りかなあとは思うんだけど、取り込まれたところで何千年とか何万年とか経ないと輝いたり瞬いたりはできないらしいから圧倒的に損だ。地に足つけて、オリオン絡めて生きていたほうがいい。

歩く。心なしか背中がこわばるような感覚がある。まあ、絡まってるんだからしょうがないのか。でもなあ、ちょっと疲れる。背骨を気にしながら、青梅街道沿いを歩く。ずっと、ずっと私はそうしてきた。だからよく分かっている。今、ここで空を見上げれば、そこにオリオン座が寝そべっているということを。わたしのからだに絡まった事どころか、触れた事もないような顔をして、夜空に堂々とした姿で君臨し、こちらを見ているんだか、見ていないんだか、何考えてるんんだか分からないようなきらめきで、遠い空に浮かんでいるということを。そしてどういうわけか、そうやって見上げている間は、背中も、心も軽々しく、何もかもを許せるような気持ちになってしまうということも。







今日、鈴虫とかの鳴き声、小さくない?
ていうか、少なくない?

冬になってきた。
嫌だな。

2016年8月12日金曜日

のろわれました

体調を崩して、というか急性胃腸炎というのになって数日寝込んでいた。
仕事中に突然まるでだめになり、「止まったら殺される」とよくわからない精神論をつぶやきながらいつになくハイペースで仕事をこなしてなんとかその日1日は凌いだ。しかし翌日出社して同じ作戦を使おうとしたらまるで無効で、「止まったら殺される」とつぶやきながら止まってしまう始末だった。出社して3時間で早退した。

仕事をがんばれなかった私の頭皮を八月の太陽がジジジと焦がしていくのを感じながら、病院までとぼとぼ歩く。きっとずっと不機嫌な顔をしていたと思う。正午近くの夏の住宅街にはまぶしいまぶしい日向しかない!お盆前でどこの病院もかなり混んでいて、且つ丁度午前中の診療が終わるギリギリの時間だったからか2軒断られた。身体の芯から主張してくる痛みや怠さを、頭皮から、首筋から、腕から、日差しでジリジリと炙って閉じ込めてしまっている気がしてくる。それでも意地になって歩く。気温が36度近くあるらしいが、こっちの体温の方がお前らより相当高いぞと思っていた。

1時間位彷徨い歩いてやっと診てもらえた病院での診察は僅か2分くらいだった。先生めちゃくちゃ冷たい。はやく午前の診療終わらせたかったのかな。そこから家に帰るまでの記憶が無い。ファミマでスポーツドリンクを買ったようだった。薬もちゃんと取りにいったようだった。気付いたら畳んである布団の上でちゃんと着替えた上で寝ていて、夕方だった。

熱を計ったら40度近くあってびっくりした。もはや手が震える。ここ数年、ちょっとした風邪をひく事はあってもここまでくたばることは無かったので、高熱でるとこんな最悪な気分になるんだ…とうんざりした。その後2日くらいうんざりし続け、今はもう熱も胃腸炎の諸症状も収まったのだが、なぜか関節の痛みだけが残り、夜も眠れないほどだったので、今日は整形外科にいった。

今回はお盆でも断られないであろう朝イチの時間を選び、きちんと電話でこれから行く旨を伝えてから出向いた。同じ魂胆の人間がけっこういたが、そこまで待たずに診察室によばれた。「つい先日体調崩してからずっと関節がいたいんですよ〜」と先生に事情を説明すると「熱中症?」といわれ、「いや、急性胃腸炎でした」と伝えたものの、色々診てもらった末に「熱中症の後遺症である可能性が高い。熱中症でもあったのでは」という結論が出た。信じられないけどそのあと熱中症について調べたら身に覚えがありすぎて鳥肌が立った。
多分、早退した日に病院を求め彷徨い歩きすぎたのだろう。

熱中症の後遺症である関節痛は1〜2週間続くことがあるらしい。もはや呪いである。胃腸炎を受け止めるのでいっぱいいっぱいだった私に最後まで気付かれなかったくせに、置き土産が重すぎる。ひどい。熱中症怖いです。腰と腰から下が全部痛い。

2016年6月23日木曜日

いいことがない

信号待ち通りすぎる選挙カーから「おねがいだから消えてください」ときこえたきがしたまわりを見ると信号まちの人間みなからだの三分の二くらい透明になっていた例にもれず私も。