八月のおわり、身軽なドレスに身を包んだわたしは、ストッキングも履かずに、スポーツカーの助手席に乗って、夜の高速道路を走っていました。時速120km。あのころよりも速いスピードで。ベガ、アルタイル、デネブ、ベガ、アルタイル、デネブ、ベガ、アルタイル、デネブ、あれらの星に届きそうなほど遠くまでいくつもりでした。
蝉。いくつもいくつも死にました。それでもいつまでも鳴いていました。「あれは誰のために、なんのために響くのをやめないのか?」「そんなことはわかりきっていること」夏を終わらせないためです。共鳴するひぐらし。夕立のあとのモワリ。喫茶店で氷がカラカラするコーヒー。堕ちた朝顔が、コンクリートを赤紫にそめること。雨戸の閉じた縁側に、風鈴だけがみえること。それらすべてが夏の残像であることに、だれもが幼少のうちに気づいているはずです。
わたしはふと思い立って、さきほどからいくつもいくつも噛んでいたボール・ガムを指でつまんでのばしました。甘い味がしなくなるたびにもうひとつ、もうひとつと口にいれていったので、それはどこまでもどこまでも伸びました。「ほらこのようにどこまでも永遠に。」そのように発音した途端、ボール・ガムのかすはへろへろと散りました。口を動かすべきではなかったのです。
気付けばわたしは冷たいべらんだの床にぺたりと座っていました。綿のハーフパンツにはパーカーとスニーカー。裸足でしたが、靴下がいるなと思いました。風鈴のかわりに鈴虫が鳴くのがありありとわかりました。高速道路などこの世にはなかったような気さえします。
パーカーの袖をできるだけ伸ばして掴んでいないとチリチリします。だけどパーカーの袖はどこまでも伸びません。ガムはどこに捨てたんだっけ、高速道路の風景を思い出します。右隣で誰かがこう言ったように記憶しています。にこやかで儚げな声でした。「夏は幻だよ。」
夏は幻だよ。